雑記

小学生革命家を機に考える、知らないことが多いというリスク

ここ一週間ほど小学生革命家ゆたぼんが話題になっていますね

ゆたぼんとは

ハイサイどうも~の挨拶がトレードマークの沖縄在住の10歳のyoutuber。「不登校は不幸じゃない!」を合言葉にyoutubeや公演で活動している。

そのゆたぼんが学校に行かずにyoutuberで活動をしている姿が”甘えなんじゃないか”とか”親にやらされているんじゃないか”とかここ一週間世間をにぎわせている。TVや新聞、有名人の取材も相次いでいて、そういう子供に便乗して仕事をしようとする大人もたくさん集まっている

僕もゆたぼんの動画をいくつみ見てみたが、その大人にも伝わる目線の発言は思っていることを発信しているというよりも”誰かの意図をくみ取ったセリフを言わされているなぁ”という印象だった。他の動画でも10歳の子供が歌うにしては渋すぎる昔の名曲を歌っていたりとかあきらかに大人目線で作られた自由を主張する子供だ

数年前にもこんな子供はいた「人は学校に縛られなくていい、自分なりの幸せを探そう」みたいなことを言ったり本を出版し、他にも高額の公演やカウンセリングをしていた。もはや不登校を利用した商売だなと当時思った

何が幸せかはその子にしかわからない。極端な話、親に生活能力がなければ子供を使ってお金を稼いだとしても、それれで家族が生活できるならばそれがその子にとっての幸せかもしれない。だけどもとりあえず小学校に行かないことで、みんなは当たり前のように知っているのに自分だけ知らないことが出来てしまうっていうのは確かで、そしてすごく怖いことだと思う

僕も割と知っていることと知らないことの差が激しい人間だと思うのだけど、やはり常識を知らなかったせいで不当な扱いを受けたことはある

その中で象徴的な”料理をできなかったせいで付き合っていた相手に不当な関係を強いられていた”エピソードを紹介したい

キャベツの切り方をしらなかったせいで・・・

若いころ、当時付き合っていた人に家で料理を食べることがあった。当時僕はぜんぜん料理ができなかったので毎回彼女に作ってもらっていた

お好み焼きが好きだったから定期的に作ってくれていたのだけど彼女は「お好み焼きを作るのはすごい大変だ」と言っていた(じゃあ僕が作ればよいじゃないか、というのはちょっと話が長くなってしまうので置いておかせて・・)

そして彼女は毎回キャベツを切るのに20分ぐらいかけて、お好み焼き作るのにはトータルで30分以上をかけて作ってくれていた。そして作ってもらうたびに僕は彼女に大きなことをしてもらった感謝をもっていて何かしらお返しをしていた

そんなある日ほんの気まぐれで自分の家でお好み焼きを作ってみようとした。そうしたらキャベツを切るのは話に聞いていたような大変な作業ではなかった。僕らが食べる量のキャベツを切るのは3分ぐらいで終わった

次に彼女の家でお好み焼きを作る時に僕が「キャベツ簡単に切れるじゃん。それだったら僕がやるよ」と言ったら彼女は「フン」という感じで軽く無視をして、キャベツを高速で切り始めた

彼女は”僕は料理できないからどうせわからないだろう。”とより恩を着せるべくお好み焼きを作るのを実際以上に大変なことにしていたのだ(特に時間をかけられるキャベツはゆっくり切っていた

「僕がキャベツを切ることもできなかったせいで、、」と当時だいぶ思ったね。仮に料理がうまく出来なくてもキャベツを切る時間を想像することさえできればこんなことにはならかなったのに、、と自分の未熟さを深く反省した

それ以降なるべく人が当たり前のように知っていて自分が知らないことは減らすように気を付けている

ゆたぼんの場合はどうなる?

僕の場合は料理だったからちょっとしたキッカケで取り返すことができたけどこれが小学校にいっていないゆたぼんの場合にはどうなるのだろう?

大人になってから”お前は小学校にいってないから〇〇なんだ”と言われたらそれが正しいか正しくないかゆたぼん目線で反論することはとても難しいのじゃないだろうか

相手が嫌な人でいってるかもしれないし、本当に小学校にいってなかったから欠落してしまったものがあるのかもしれない

例えば大学に行ってるいっていないとかだったら高度な教育を受けているとかそういう違いで”勉強は関係ない!”という感じで反論することができるかもしれないけど小学校って”これを学んだ”っていうのが明確じゃないからあとで取り返すことが困難だと思う

小学校を出ているからといってそういうトラブルをすべて回避できるわけではないのだけど、知らないことが多いっていうのはそういうリスクが増えるっていうことだと思う。小学校の経験っていうのは日本のほとんどすべての人が経験していることだからいわゆる常識っていうことになると思う

さらにゆたぼんがこれから進もうとしている道は学校に行かなくていい自分なりに働いていこう不登校の子に元気を与えようっていうめちゃくちゃ悪い大人がいる世界だから、マルチビジネス、思想活動家、スピリチュアル講演家、悪い大人がわんさかいる世界だ

そんな中で”小学校なんか行かなくていいんだよ”と言ってくる人と”小学校に行っていないお前は非常識だ!”と言ってくる人そのどちらが味方なのかを判断するのはとっても難しいと思う

まとめ

僕は小学校に行かないっていうのも一つの選択だと思うのだけど、やはりそれはとても大きくて重要な選択で、ゆたぼんの発言にあるような”宿題しなくて怒られた”とか”先生の言うことを聞く周りの子供たちがロボットに見えた”とかではあまりに小さすぎる理由なのではないかと思う

昔TVで中学校になじめないから学校には行かずに好きなイラストの世界でイラストレーターとして仕事をしている子供を見たことがある。大人の人と関わって立派なイラストを描いて、そのまま社会人になれるんだろなぁという印象だった

そういう子とゆたぼんの何が違うのか?どこからよくてどこからダメなのか、と聞かれると僕にも答えられないのだけども、今回の小学生革命家ゆたぼんは明らかに大人に利用されている様子でとてもゆたぼん自信が何かを選択しているようには見えないな

かなり個人主義、自由主義な僕でも「小学校になんか行かなくてもいいんや!」というのは怖く感じる

ゆたぼんがこれからどうなるかはわからないのだけど、ゆたぼんの子供としての生活が充実しますように

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